〇〇で唐突に脳内麻薬があふれた話

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昨年、上司のモラハラにより適応障害となり自宅療養を経て退職。

現在失業手当をもらいながら、看護師の単発バイトで復帰リハビリ中。

メンタル不調の波を乗りこなすべく戦っています!


先日、小旅行に行ってきました。

ひなびた温泉宿に1泊です。

わたしが泊まったのは、鹿児島県薩摩川内市にある紫尾温泉です。

泊まっているのは大人の邦人観光客ばかり。

地元の人たちもたくさん日帰り湯を利用されていました。

泉質はトロットロの美人湯。

肌にまとわりつくような透明のお湯で、湯船につかっているときから、もう美肌になったような感覚になります。

(実際に荒れていた手も、本当にきめ細かになりました(≧◇≦)

内湯はわたしには温度が高く、すぐに露天風呂にいきました。

露天は大きな岩風呂で、ちょうど他のお客さんもいなかったので一人でのびのびと過ごしました。

お湯の中に敷かれている平たい岩に座ると、腰から下だけが温泉に浸かっている形になります。

その体勢と、露天の温度が本当に気持ちよく、しばらく外の風に当たりながらボーっとしていました。

露天風呂の外は、野原でした。

柵や衝立は何もなし(゚Д゚;)

すぐ近くに遊歩道のような散歩道や東屋もあって、

「いやいや、丸見えじゃねーか!!」

と思いましたが、だーれも歩いていませんでした。

なので、OKです(笑)

ざわざわ・・・

木の葉のそよぐ音が聞こえ続けています。

人が立てる物音は全く聞こえません。

たぶん10~15分くらいしたころだったか、

急に音が聞こえなくなって、手足の感覚が麻痺しました。

手と足は見えるけれど、それが自分のものじゃないような感じです。

天地もひっくり返って、自分が逆さまになったみたいです。

「久しぶりにきたな」

と思いました。

わたしは子供のころからよくこの感覚になります。

気持ちいいような気持ち悪いような・・

子供のころはこの感覚が怖かったけど、今は楽しむことができます。

自然のたくさんの音の中の静寂を一人で存分に満喫しました。

たぶん、サウナーのいう「ととのう」もこんな感覚なんじゃないかな。

わたしはサウナに関係なく起こる現象だけども。

適応障害になって、いつも、頭が混乱していました。

一つのことを考える途中で別のことが入り込んできて、二重三重四重の考え事がフル回転している、そんな感じです。

だから静かな空間にいても、わたしの内部は雑音であふれています。

自分の声が何か叫んでいるけれども、聞き取れない、理解できない。

どんどん、その声は遠くなり、また無数の新しいわたしの声であふれていきます。

きっと、こんな風じゃダメなんだろう。

いつもそう思っていましたが、

この温泉で唐突に無音の世界に飛び込んだのでした。

久しぶりの感覚に始めはびっくりしたけど、

フワフワ・・フワフワ・・

身を任せて楽しむ余裕がだんだんとできてきました。

こころと身体がようやく一つにつながったような、

わたしが わたしを わたしだと思えているような、

文章にすると、とてもへんてこりんなのですが、そんな感じで自分を認識したんです。

いいも悪いもなく、この自然の中の温泉で一人で裸で過ごしている女。

ただそれだけです。

自分を上にみすぎると、できない自分と乖離してしまうし、

下にみすぎると、本当はこんなんじゃないのに、と悲しみが深くなってしまう。

ありのままとはこういうことなのか。

「ありのまま」という言葉ですら、もっとよいものだと理解を捻じ曲げていたようなきがします。

何があっても、何もなくても、「今日は、ただのそんな一日」

そんな風に毎日思ってベッドに入ることができたら、それだけで、それだけで合格だな。

明日は今日より、半歩だけ前に進もう!

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