断捨離の波に乗り、クローゼットの中から苦い思い出を発見する。
それは日記帳。
私は「3年日記」というのを書いている。
博文館新社から毎年出ている3年運用ダイアリーを愛用。
これは大変な優れもので、当たり前だけど、3年分の思いを綴ることができる。
2年目・3年目は、前年や一昨年の同じ日に何をしていたかがバチコンわかるんだ。
「来年の同じころにまたランチに行こうね!」なんていう大まかな約束もメモ程度にしていると大変便利。
年に1度しか合わなくなった友達がこの年齢になると大勢いる。
彼女たちとうまい距離感を保ちながら、でも関係を絶たずにいられるのはこのおかげも大きいと思う。
2024年は3冊目の2年目。
かれこれ8年目が終わろうとしている。
よくもまぁ飽きずに・・と思うけれども、きっと書く作業が好きなんだ、わたしは。
毎日日記を書くだけに飽き足らず、ここにもこんなに書いているし。
クローゼットの中から出てきたのは、先代の日記帳。
2020~2022年の熱い思いが綴られている。
どらどら。
当時のわたしは、何と書いてあるのやら。
あちゃまぁ・・仕事と男のことしか書いていない。
仕事1:男9
この3年間はどうやら頭がスッカラカンだったようです。
ちょうど1年前、5年間お付き合いしていた方と別れました。
先代の日記帳にはその彼との楽しい思い出や、別れる辛さ(何度も別れたりヨリをもどしたりしている)、彼自身へのうらみつらみがぎっしり書いてある。
重っっ!!
読んでいて、なんかくらったみたいに、胃の腑がダメージ受けてその場で固まる。
誰にも見せられない、友達にも、家族にも、そして、絶対に自分でも見てはならないシロモノだった。
「そんなに、たった一人の男のことで悩むかい?」
今でこそ、そう当時の自分に問いかけられるけれども、
その時は、だめだったんだろうなぁ。
「彼によって生かされているわたしは、彼との別れを決断したけれども、彼のいない生活を思うと涙無くして生きていけないくて、結局、息している間は寝ても覚めても100%彼のことを考えていた。
彼もそうであったようで、悩んで泣きはらしていると、彼から連絡があった。即刻再開し、お互いの思いを確認しあい、めでたく元サヤにもどりました。」
というような内容が3年のうちに3回あった。
これは、ほん怖にまさるとも劣らない、世にも奇妙なわたしと彼の実話。
たとえば、断捨離を敢行する前に、この、乙女のバイブル(先代日記)を発見したとしよう。
そのあと起こり得る一番最悪のケース、そして一番可能性が高いケースだと思うのが、
~この日記を読みふけり、彼への思いが再燃、とうとう連絡をしてしまう。
すぐに会う日を確認しあい、そのあとはもう×××~
わたしの人生はすでに詰んでいる。
40歳独女で、現在職場でのモラハラに合い適応障害で自宅療養なんていう世間様に隠したい生活をしているんだ!
これ以上、カスになってどうするんよ、わたし!
なんで、こんなに何回もヨリ戻すほどこの人のこと好きだったのか。
彼の明るい性格で毎日笑わせてもらっていたから、かな。
そして、すごい筋肉の持ち主で、ただ単に抱きしめられるだけで幸せを感じられた。
彼の女でいることが誇らしかった。
彼と一緒なら、何も怖くなかった。
どこにでも一緒に行きたかった。
彼はわたしとの14歳の年の差を乗り越えられないといった。
いつもわたしに甘えて何でもわたしを頼りにする彼は、
結局初めから変わらない、絶対に縮まらない年の差を別れの理由にした。
そーか、そーか、そーですかい!
辛かった、本当に。だって、付き合いだしたときから14歳の差なんだもん!
それでも、わたしのことが大好きだ、一緒にいたいって言ってくれた。
わたしは、初めは年齢差を理由に彼を避けた。それでも、気にしないと言って距離を詰めてきたのは彼だ。
結婚に夢もあった、子供が欲しかった。
彼と付き合っている間は、その話をすると、不機嫌になり話をそらされた。
これでは話が違う・・と思ったけれどもそのときわたしは心底惚れてしまっていた。
手遅れだった。
もう、この人と一緒にいられるなら、わたしの夢は叶わなくても・・
と思った矢先に、彼からの年の差を理由に決別宣言を受けたんだ。
ぶっ飛ばしてやろうかとも思った。
あるいは、この包丁で・・と晩御飯を作りながら・・(いや、そこまではおもわなかったな)
道端でケンカをして警官5人、パトカー2台呼ばれたことはあったけど。
(近隣住民の方々から何件も通報が入ったそう)
それでも、
大切に思っていた。
愛していた。
ずっと隣にいて息遣いを感じていたいと思うほど大きな存在だった。
まぁ、そんな数々の思い出や、わたしの気持ちが書き綴られた代物なんです、この日記帳は。
だから、すごいパワーを持っている。
これを見て、「また彼と会いたい、ヨリを戻したい」という気持ちで行動したら、とんでもない結果になるかも。
またあの男とヨリを戻し、絶対に変わらない年の差を理由に再び別れ、今度こそ致命傷を負うか、
彼には新しいお相手がすでにいて、「あんなババア、もうしらねーよ」といわれ、顔から火が出るほど恥ずかしい情けない思いをするか。
失恋を楽しむ余裕はないんだ。だってもう、40歳だもん。
自分の人生を楽しみたい。だけど、彼と生きていたら、彼の軸で生きていかないといけない。
何度も試したけど、わたしたち二人はなぜだかそうなってしまう。
わたしが進もうとする道は、一人で生きていくことになってしまうかもしれない。
だけど、自分ですべての選択をして、自分で自分の道を決めていきたい。
だから、だから、、
この日記帳を手放します。彼への思いはもう吹っ切ったはずなのに、ここに、墓場のように閉じ込めてしまっているんだもんね。
自宅療養している情弱が何言ってんだと思うけれども、
自宅療養でさえ、自分で選んだんだ。
ココでは、もうやっていけないという体のSOSを聞いて、自分で決めて避難してきて今がある。
今、安心・安全の中にいてわたしは幸せなんだ。
誰に読んでもらえるともしれない、このとりとめのない文章でさえ、自分の気持ちを整えることにつながっている。
わたしに言葉を与えてくれてありがとうございます。
言葉を伝えるツールを与えてくれてありがとうございます。
ここから、また小さなスタートです。
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