断捨離を敢行している。
わたしは一人暮らしで1LDK住まい。
大して多くのものがあるわけではない。
だけど、今回は家じゅうひっくり返して、ゴミや邪気みたいなものをすべてどっかにやりたくなった。
クローゼットの中、台所のシンク下の収納、食器棚、お風呂場の洗面台下の収納など・・
あらゆる暗渠からすべてのものをひっぱりだしてきた。
で、床が埋め尽くされ、身動きが取れなくなり絶望→終了。これが1日目。
2日目の朝はゴミの中で目覚めたけど、なぜだかゴミ山の中でやる気を発掘。
いるもの、いらないもの、好きなもの、きらいなものと分別していった。
すぐに、答えがでないもののほうが多いことにびっくり。
今は使えないけど、いつか使う日が来るだろう、、、
これ、だれかにあげる日がくるかもしれない、、、
これ、高かったしな、、、
出た!
この優柔不断さが今のゴミを招き入れたんだ。
だから、今回はこのどっちつかずのお品はすべて不採用にすると決めた。
決める瞬間はちくっと胸が痛む。
今の今まで、ずっとクローゼットに隠していて存在を思い出すこともなかったのに。
特に、手放すことに動揺したものが
「トースター」だった。
一人暮らしを始めたころからずっと使っているから、かれこれ15年。(2009年製だった!)
大きくて場所をとる。
だけど、1000wでカリッとした焼き上がりになる、わたしのお気に入りだった。
今わたしは、パンをほとんど食べない。
若干、健康にも気を使いだし、グルテンフリー寄りの生活をしている。
だから、このトースターは、うちのキッチンにいても最近出番がなかった。
最後に使ったのいつだろうって考えないといけないくらい、触っていなかったかも。
これでは、ゴミ認定に間違いない。
間違いないんだけど、だけどやっぱりさみしい。
今どきのスリムでおしゃれなトースターと違って
でかくて丸っこくて、色も新品のころから錆びた鉄みたいな古ぼけた色だった。
見てると寂しくなった。
「コレ気に入ってたんだな~」とすとんと腑に落ちた。
以前は毎朝パンを焼いて、大切に使っていた。
でも、そのころのわたしと、今の私は違う。
年齢もかれこれ10歳以上積み重ね、たくさんの仕事も経験したし、
友達や歴代彼氏とも山ほど思い出を作ってきた。
そうやって一枚一枚、古い皮を脱ぎ捨てたり、新しい衣を纏ったりして生きながら
今のわたしになってきたんだ。
以前のわたしのころの持ち物は、遺物になっている。
これは手放さねばなるまい。
せめてものお礼に、一生懸命拭き掃除をする。
割ときれいだ。だけど、日に焼けている。
新品のころから、鉄が錆びたような色だったけど、
今は赤錆みたいだ。(本当に錆びているわけではない)
なんか落ちた、と思ったら、
なんとそれは涙でわたしは泣いていた。
はて?
涙を流すほどのことだろうか。
だけど、それだけ、このトースターに愛着があったんだろうな。
この子が焼いたパンを食べ、わたしの糧としていた。
そして、このトースターを使っていた日々が、すごく好きだった。
仕事が楽しかったし、周りも独身だらけだった当時は、公私ともに全力だった。
いくつもの資格を取り、昇給し、毎晩のように飲みに出て、どこのお店に入っても必ず知り合いがいた。毎月のように旅行に行き、各地の美味しい食べ物を食べてまわった。
そしてとにかく毎日が笑顔だった。
そんな虹色の、懐かしくて、輝かしい、でももう終わった日々。
このトースターを手放すことは、そのころに未練がましく執着していたわたしと決別すること。
みんな、愛してたよ。ありがとう。でもさよなら。
涙の量は増え、気づけば鼻水も合流し、もはやダムが決壊したような号泣。
号泣しながら、きれいに掃除し終わって、しばらくトースターを眺め、そして抱きしめる。
「一緒に生きてきてくれてありがとう」
恥ずかしいけど、自然とこんな言葉が出てくる。
涙が出るほどのありがとうを、誰かではなく「もの」に感じるなんて。
わたしも成長したな・・ふふ
きっと、これから楽しいことや、好きだと思えることにたくさん出会える。
わたしはまた、輝ける。
そう思った。